筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気を知ってますか?
生きるか死ぬか自分で決める病気なんですよ。 To be or not to be...
人生まだまだ勉強することがあるらしい。
2015/04/30
『博士と彼女のセオリー』 (イギリス映画・2015年日本公開)
この映画は、実は見るかどうか躊躇してました。
予告編を見て、ALS初期の症状が自分と被り過ぎていて、ブルーになったのと、
どうせホーキング博士と妻のジェーンの感動の介護ストーリーなんでしょ?…という、
まぁ、見なくても大体分かっちゃう感じがあったので。
…ところが!全然違うのです。
主役のエディ・レッドメインのALS患者っぷりがリアルすぎて、
序盤ブルーになったのは想定通りだったけれど、
ストーリーは、大きく予想を裏切る展開に!さすがイギリス映画。
ネタバレしたいけれど、言うと面白くなくなっちゃうのでここはガマン。
自分が感じたことだけ書くと、愛だけじゃ介護は続かない…ってこと。
患者とケアギバーとの関係は、
母親と子供のような「面倒見る人」「見られる人」の関係ではなく、
対等じゃないとダメなのかもしれない。
もちろん肉体的には対等にはなりえないんだけれど、精神的には対等に。
それには、「尊敬」という感情が双方に必要なのかなと思った。
お互いに相手を尊重できるかどうか。
ホーキング博士は彼女を家族として愛していたけれど、
彼女は対等な人間として接して欲しかった。たぶん。
私も、博士のようなお互いに尊敬できる介護者をみつけられるといいな。
尊敬してもらうのは、凡人には難しいけど。。。
場つなぎが上手くて、2時間の上映時間は、あっという間です。
特にラストが素敵。
エンドロールでじわじわ泣きました。観て良かった!
2015/02/23
病気で幸せになるパラドックス
ファイナルシーズン(シーズン8)を見た後で、
「Dr. HOUSE」の過去のエピソードを、もう一度見ていたら、
以前はスルーしていたのに、刺さるシーンがあった。
--------------
「Dr. HOUSE」 シーズン4(エピソード9):ゲームオーバー
ハウスの親友で、ガン専門医のウィルソンは、ある日誤診をしてしまう。
余命半年と宣告した患者のガンが、実は良性腫瘍だったのだ。
ウィルソンは、3ヶ月後には患者は死なないことを、再度告知するのだが、
患者は、すでに自分の家を売ってお金を使ってしまい、
6,000ドルの借金をどうすればいいんだとショックを受ける。
誠実なウィルソンは、自分のポケットマネーで6,000ドルを補償すると申し出る。
ところが、患者は小切手を破り捨て、
「少額では納得できない。」と、ウィルソンを訴えると言い出す。
「人生を壊された。」
「たった3ヶ月です。」
「初めて今を生きられたんだ。未来がないから。」
「誤診ではなく、正しい診断を理由に訴える気ですか!?」
「あんたのおかげで、幸せだった。それを奪われた。」
うんうん、患者の気持ちが良く分かる。
健康な人には、ムチャクチャな理屈ですが。。。
未来がないから、今を生きられるって、皮肉な話だけれど、
実はウィルソンも、シーズン8で、余命半年と言われる未来が待っている。
彼は、高級車を買い、念願の3Pを経験するのだ(笑)。
Dying's easy, living's hard.
このドラマを知らない人のために、軽く説明しておくと、
Dr.グレゴリー・ハウスは、プリンストン病院で働く天才医師。
他の科がお手上げになった難病患者を診断するのが、彼と彼のチームの仕事だ。
薬が効けば診断は正しい、効かなければ他に原因があるって感じの
実験的な治療も日常茶飯事。
そのせいで患者は腎不全になったりもするのだが、
「移植すればいい、死ぬよりましだ。」…というようなやりとりが日々交わされる。
たいがいの場合、ハウスのひらめきで正しい診断が下され、病気は治るのだが、
このドラマの場合は、ハッピーエンドとはならずに、
皮肉なニュアンスを残して終わることもある。そこが面白い。
「Dr. HOUSE」の過去のエピソードを、もう一度見ていたら、
以前はスルーしていたのに、刺さるシーンがあった。
--------------
「Dr. HOUSE」 シーズン4(エピソード9):ゲームオーバー
ハウスの親友で、ガン専門医のウィルソンは、ある日誤診をしてしまう。
余命半年と宣告した患者のガンが、実は良性腫瘍だったのだ。
ウィルソンは、3ヶ月後には患者は死なないことを、再度告知するのだが、
患者は、すでに自分の家を売ってお金を使ってしまい、
6,000ドルの借金をどうすればいいんだとショックを受ける。
誠実なウィルソンは、自分のポケットマネーで6,000ドルを補償すると申し出る。
ところが、患者は小切手を破り捨て、
「少額では納得できない。」と、ウィルソンを訴えると言い出す。
「人生を壊された。」
「たった3ヶ月です。」
「初めて今を生きられたんだ。未来がないから。」
「誤診ではなく、正しい診断を理由に訴える気ですか!?」
「あんたのおかげで、幸せだった。それを奪われた。」
うんうん、患者の気持ちが良く分かる。
健康な人には、ムチャクチャな理屈ですが。。。
未来がないから、今を生きられるって、皮肉な話だけれど、
実はウィルソンも、シーズン8で、余命半年と言われる未来が待っている。
彼は、高級車を買い、念願の3Pを経験するのだ(笑)。
Dying's easy, living's hard.
このドラマを知らない人のために、軽く説明しておくと、
Dr.グレゴリー・ハウスは、プリンストン病院で働く天才医師。
他の科がお手上げになった難病患者を診断するのが、彼と彼のチームの仕事だ。
薬が効けば診断は正しい、効かなければ他に原因があるって感じの
実験的な治療も日常茶飯事。
そのせいで患者は腎不全になったりもするのだが、
「移植すればいい、死ぬよりましだ。」…というようなやりとりが日々交わされる。
たいがいの場合、ハウスのひらめきで正しい診断が下され、病気は治るのだが、
このドラマの場合は、ハッピーエンドとはならずに、
皮肉なニュアンスを残して終わることもある。そこが面白い。
2015/02/13
コータリさんの闘病記
送られてきた通販生活(春号)のカタログを見ていたら、
介護用品やロボットを、神足祐司さんがレビューする特集が載っていた。
西原恵理子さんのグルメレポート漫画「恨ミシュラン」に、
コータリとして毎回登場していた神足祐司さん。
毎回酔っぱらっている人としてサイバラさんにいじられてた人かな?(笑)
そんなコータリさんがどうして介護レポートを?と思いましたが、
2011年にくも膜下出血で左半身麻痺になり、ずっと闘病生活を送られていたのだそうです。
介護は誰にでも突然やってくるものではあるけれど。
でも、コータリさんはあまりにもそういったものと無縁なイメージ。
ロボットスーツ「HAL」をはじめとした、最先端介護機器のレポートは、
患者が気になるところを的確に伝えていて、面白い。
さすがプロのコラムニストは違うなぁ。
利用者目線での福祉制度のレポートとか、患者会突撃ルポとか、
利用者目線での福祉制度のレポートとか、患者会突撃ルポとか、
今後もコータリさんのコラムを、もっと読んでみたいと思った。
集英社から闘病記も刊行されていたので、こちらも拝読。
記憶の障害もあったけれど、書くことを始めて、
日々のリハビリですこしずつ病気が治っていくのが、文章を通して伝わる。
日々のリハビリですこしずつ病気が治っていくのが、文章を通して伝わる。
太っ腹な奥さんと、やさしい子供たち。
在宅介護で一番大切なのは、やっぱり家族なんですね~。
でも、健康な普段のうちから、家族を尊重していないと、
ふつうは、いざ倒れた時に大事にしてもらえません。
あと、頑固もいけません。
父は昔から頑固で家族の言うことは聞かないし、
リハビリもしない。生活も変えない。
パーキンソン病に良いからすすめてるのに頑なに拒む。
みんな良かれと思ってアドバイスくれるのに、もったいない。
常に自分が正しいと思ってる。
まぁ、反面教師として今後の参考にはなるかな(笑)
俺の背中を見ろ!とまでは期待しないけど、
お父さん、もう少し頑張っておくれ~。
父は昔から頑固で家族の言うことは聞かないし、
リハビリもしない。生活も変えない。
パーキンソン病に良いからすすめてるのに頑なに拒む。
みんな良かれと思ってアドバイスくれるのに、もったいない。
常に自分が正しいと思ってる。
まぁ、反面教師として今後の参考にはなるかな(笑)
俺の背中を見ろ!とまでは期待しないけど、
お父さん、もう少し頑張っておくれ~。
2015/01/17
「栄光ある撤退」は認められるのだろうか?
「泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生」
(照川 貞喜・著/岩波書店・刊)
照川さんは、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、
9ページにも及ぶ、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。
「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精一杯生きる所存です。
私は人生を終わらせてもらえることは“栄光ある撤退”と確信しています」
この番組は、放送当時とても大きな話題となったようだ。
私はこの番組については全く知らなかったけれども、
照川さんの本を読んで、たまたま検索したらこの話題にたどりついた。
すごい違和感を感じたのは、
照川さんや番組に対して、患者関係者から強い批判があったことだ。
こんなに頑張って生きてきた人が、
自分の要望をここまできちんと主張しても呼吸器は外せない。
外せないどころか、「外したい」って言うことすら許されない空気。
確かに「死んだらそれまでよ。」ではある。
でも、人生を安らかに終えたいと思うのはそんなに悪なのだろうか?
別にバンバン呼吸器を外そうって話でもない。
照川さんほどに患者が意思を表明しても、
呼吸器を外すことが殺人とされてしまうのであれば、
やはり法整備は必要なのかもしれない。
自殺そのものは法に触れないが、自殺ほう助は違法。
この矛盾した関係が難しさをはらんでいる。
意思はあっても患者の身体が不自由な場合、
どこまでが自らとった行動と言えるのかが争点になる気がする。
(照川 貞喜・著/岩波書店・刊)
「泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生」は、2003年に発刊された本。
照川さんは、身体は不自由でも、呼吸器をつけても、
工夫とやる気次第で、できることは無限にあるとおっしゃっている。
ALSになってからパソコンで始めた将棋で、五段を取得したり、
果敢に新しいことにチャレンジされていたようだ。
奥様との掛け合いもユーモアがあって楽しい。
こちらは、この本が発刊されてから6年後に放送されたNHKの番組。
クローズアップ現代(2009年)
照川さんは、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、
9ページにも及ぶ、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。
「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精一杯生きる所存です。
私は人生を終わらせてもらえることは“栄光ある撤退”と確信しています」
この番組は、放送当時とても大きな話題となったようだ。
私はこの番組については全く知らなかったけれども、
照川さんの本を読んで、たまたま検索したらこの話題にたどりついた。
すごい違和感を感じたのは、
照川さんや番組に対して、患者関係者から強い批判があったことだ。
こんなに頑張って生きてきた人が、
自分の要望をここまできちんと主張しても呼吸器は外せない。
外せないどころか、「外したい」って言うことすら許されない空気。
確かに「死んだらそれまでよ。」ではある。
でも、人生を安らかに終えたいと思うのはそんなに悪なのだろうか?
別にバンバン呼吸器を外そうって話でもない。
照川さんほどに患者が意思を表明しても、
呼吸器を外すことが殺人とされてしまうのであれば、
やはり法整備は必要なのかもしれない。
この矛盾した関係が難しさをはらんでいる。
意思はあっても患者の身体が不自由な場合、
どこまでが自らとった行動と言えるのかが争点になる気がする。
2015/01/06
こころ豊かに生きる人。
「住めば都の不自由なしあわせ」
(西村隆・宮本雅代・著/いのちのことば社・刊)
お正月は、ALS患者さんの本を数冊拝読した。
この本は、以前「小さな死」という記事でご紹介した、西村夫妻の本。
人柄がにじみ出ているような、気持ちがほっこりする本だった。
本を著したり、表に出られているALS患者の方は、
”闘う”患者さんが多いように思う。
他の患者さんの相談に乗ったり、介護者を育てたりすることを生きがいとして、
自らの療養生活、在宅介護のリーダーとして、自分を位置づけている。
”そういう活動を通して、生きる目的を見つけよ。生き抜け!”という印象を受ける。
勇気づけられつつも、そんなタフネスは私にはないかも…と同時に思ったりする。
西村さんは少し違う。
ご本人いわく、病気と”闘う”というより、病と共存する”共病”。
まったく先の見えないALSとの生活。
病気と闘うと、病気だけに目が向いてしまう。
そのうちに自分一人が離れ小島にいるかのような気がして、
まっ暗闇にのみこまれそうになる。
西村さんは、そんなALSに苦しむ日々を通して、
いつしか「失ったこと」から「足りていること」に目を向けられるようになった。
西村さんには、普通の人には見えないものが見えている。
お父さんのエピソードが素敵だった。
一家そろってのお正月に、西村さんのお父さんが急につぶやく。
「最近になって、見るものがみんな、ピカピカ輝いて見える。一日一日が当たり前じゃなくて・・・」
「ぼくが言いたいのは、これが隆の生きている世界じゃないかって、ふと思いついた。いい世界だ・・・。」
他の家族は戸惑い、「動けない隆の世界がわかるわけがない。」と、お父さんを戒める。
でも、西村さんは自分の豊かな世界を共感してもらえて感謝する。
お父さんの言葉は真実だ。
「この風景は、もう見られないかもしれない。」
そう思うだけで、すべてがキラキラしてくる。
冬の空は、空気が澄んでいるので、とてもきれいだ。
忙しい毎日を過ごしていたときは、
頭の上に、こんなに美しいまあるい月がぽっかり浮かんでいることに気づかなかった。
決して病気にかかった自分に酔っているのではなく、
1日の中で、時間がとてつもなくゆっくり流れている瞬間がある…とでも言えばいいだろうか。
目に映るものが輝いて見えて、とても豊かな気持ちになる瞬間。
「足りないもの」と闘うことも素晴らしい人生だけれど、
「足るを知る」こともまた、幸せへの近道なのかも。
病気になったことで、欲張りではなくなった。
でも、生きているだけでOKという心境には到底なれそうにもないので、
悟りというには、まだまだ畏れ多い。
煩悩の数がせいぜい2ケタになった程度かな。(笑)
(西村隆・宮本雅代・著/いのちのことば社・刊)
お正月は、ALS患者さんの本を数冊拝読した。
この本は、以前「小さな死」という記事でご紹介した、西村夫妻の本。
人柄がにじみ出ているような、気持ちがほっこりする本だった。
本を著したり、表に出られているALS患者の方は、
”闘う”患者さんが多いように思う。
他の患者さんの相談に乗ったり、介護者を育てたりすることを生きがいとして、
自らの療養生活、在宅介護のリーダーとして、自分を位置づけている。
”そういう活動を通して、生きる目的を見つけよ。生き抜け!”という印象を受ける。
勇気づけられつつも、そんなタフネスは私にはないかも…と同時に思ったりする。
西村さんは少し違う。
ご本人いわく、病気と”闘う”というより、病と共存する”共病”。
まったく先の見えないALSとの生活。
病気と闘うと、病気だけに目が向いてしまう。
そのうちに自分一人が離れ小島にいるかのような気がして、
まっ暗闇にのみこまれそうになる。
西村さんは、そんなALSに苦しむ日々を通して、
いつしか「失ったこと」から「足りていること」に目を向けられるようになった。
西村さんには、普通の人には見えないものが見えている。
お父さんのエピソードが素敵だった。
一家そろってのお正月に、西村さんのお父さんが急につぶやく。
「最近になって、見るものがみんな、ピカピカ輝いて見える。一日一日が当たり前じゃなくて・・・」
「ぼくが言いたいのは、これが隆の生きている世界じゃないかって、ふと思いついた。いい世界だ・・・。」
他の家族は戸惑い、「動けない隆の世界がわかるわけがない。」と、お父さんを戒める。
でも、西村さんは自分の豊かな世界を共感してもらえて感謝する。
お父さんの言葉は真実だ。
「この風景は、もう見られないかもしれない。」
そう思うだけで、すべてがキラキラしてくる。
冬の空は、空気が澄んでいるので、とてもきれいだ。
忙しい毎日を過ごしていたときは、
頭の上に、こんなに美しいまあるい月がぽっかり浮かんでいることに気づかなかった。
決して病気にかかった自分に酔っているのではなく、
1日の中で、時間がとてつもなくゆっくり流れている瞬間がある…とでも言えばいいだろうか。
目に映るものが輝いて見えて、とても豊かな気持ちになる瞬間。
「足りないもの」と闘うことも素晴らしい人生だけれど、
「足るを知る」こともまた、幸せへの近道なのかも。
病気になったことで、欲張りではなくなった。
でも、生きているだけでOKという心境には到底なれそうにもないので、
悟りというには、まだまだ畏れ多い。
煩悩の数がせいぜい2ケタになった程度かな。(笑)
2015/01/04
有言実行の人。
「マドンナの首飾り―橋本みさお、ALSという生き方」
(山崎 摩耶・著/中央法規・刊)
ALS患者で、橋本操さんの名前を知らない人は、
(山崎 摩耶・著/中央法規・刊)
ALS患者で、橋本操さんの名前を知らない人は、
おそらくいないと思う。
罹患してまだ日の浅い私ですら、
お会いしたことはなくても、知っている。
ネットで病気のことを検索すれば、ほぼ100%の確率で、
彼女の活動や発言の記録に行き当たるからだ。
「マドンナの首飾り」は、
そんなALS患者のパイオニアともいえる、
そんなALS患者のパイオニアともいえる、
橋本操さんの発症から今に至るまでの活動の記録。
人口呼吸器推進派の橋本さんの発言は時に過激で、
呼吸器をつける覚悟を持てない私には、
なんとなくお会いするのは憚れたりする。
だってね、この人の前では言い訳はできないのです。
「家族がいないから介護は無理。」
橋本さんは、旦那と子供に介護をやらせるのは無理と、
一人暮らしで24時間介護を実践。
家族の存在はもちろん生きる希望となっていただろうけれど、
もしシングルでも同じようにしていたのでは?と勝手に想像する。
「人の世話になって生きるのは嫌だ。」
橋本さんは、人に面倒を見てもらうのが気にならないそうである。
私は、トイレに一人で行けないという状態を想像するだに恐ろしい。ちっちぇえな私。
「お金がないので生きられない。」
自分で介護ステーションを立ち上げ、自活されている。
ALS患者に人口呼吸器をつけることが無意味ではないと、
デンマークの学会で、海外の医療者に訴えるために、
自ら街頭募金をして、渡航費用を捻出したそうだ。
ショッピングが大好きで、とても気前がよい。
これも一般的な難病患者像とは違う。
そういえば、札幌での中島孝先生のセミナーでも、
橋本さんから、六花亭のチョコレートのお土産を全員分いただいたっけ。
(※橋本さんは、体調不良のためセミナーには欠席されたのですが。)
できるかどうか考える前に「やる!」と決めてしまう行動の人。
有言実行の見事な生きざま。
患者自身が船長になって、自らの療養生活の行き先を決めてゆく。
橋本さんがそのように生きているということが、
心の支えになる患者はたくさんいると思う。
たとえ呼吸器を選ばなかったとしても。
平穏死をめぐる考え方には、賛同できない部分もたくさんある。
それでもなお、読んでいてとても勇気が湧いてくる本だった。
だってね、この人の前では言い訳はできないのです。
「家族がいないから介護は無理。」
橋本さんは、旦那と子供に介護をやらせるのは無理と、
一人暮らしで24時間介護を実践。
家族の存在はもちろん生きる希望となっていただろうけれど、
もしシングルでも同じようにしていたのでは?と勝手に想像する。
「人の世話になって生きるのは嫌だ。」
橋本さんは、人に面倒を見てもらうのが気にならないそうである。
私は、トイレに一人で行けないという状態を想像するだに恐ろしい。ちっちぇえな私。
「お金がないので生きられない。」
自分で介護ステーションを立ち上げ、自活されている。
ALS患者に人口呼吸器をつけることが無意味ではないと、
デンマークの学会で、海外の医療者に訴えるために、
自ら街頭募金をして、渡航費用を捻出したそうだ。
ショッピングが大好きで、とても気前がよい。
これも一般的な難病患者像とは違う。
そういえば、札幌での中島孝先生のセミナーでも、
橋本さんから、六花亭のチョコレートのお土産を全員分いただいたっけ。
(※橋本さんは、体調不良のためセミナーには欠席されたのですが。)
できるかどうか考える前に「やる!」と決めてしまう行動の人。
有言実行の見事な生きざま。
患者自身が船長になって、自らの療養生活の行き先を決めてゆく。
橋本さんがそのように生きているということが、
心の支えになる患者はたくさんいると思う。
たとえ呼吸器を選ばなかったとしても。
平穏死をめぐる考え方には、賛同できない部分もたくさんある。
それでもなお、読んでいてとても勇気が湧いてくる本だった。
2014/12/30
足が急に・・・。
グルタチオンを中断して10日。
亜鉛サプリを飲み続けたら、味覚障害は若干改善した。
でもまだ少し甘さと苦みを感じにくい。
ここ2日、左足首が急に弱ってしまい、歩くのがしんどい。
左手の脱力も進行したような気がする。
グルタチオンのはっきりした効果は良くわからなかったが、
実は効いていたのかもしれない。
味覚障害の原因がグルタチオンだったとして、
主作用と副作用、どちらを優先すべきなのだろう、悩む・・・。
いずれにしても4日までは病院も休みなので、
先生と相談して、亜鉛摂取でどうにかなるのなら、
点滴を再開しようと思う。
どうやらリルテックも味覚障害を引き起こすようなので、
そもそもがグルタチオンが原因かもまだ分からない。
ALSに罹患した内科医の川崎晃一氏の本を読んでいたら、
リルテックの副作用で味覚障害やピリピリ感などの末梢神経障害が出て、
服用34ヶ月で中止したとあった。
本の巻末にALS日記があり、飲んだ薬、症状などが時系列で記載されている。
ラエンネック(プラセンタ)も試されていたようだ。
日記は2011年5月までとなっており、呼吸筋の麻痺もまだ見られないとあった。
発病12年経って、歩行も保持されているようだ。
その後、人口呼吸器をつけられたのかは分からないけれど、
医師であった患者さんが、呼吸器の選択をどうされるのか気になるところではある。
亜鉛サプリを飲み続けたら、味覚障害は若干改善した。
でもまだ少し甘さと苦みを感じにくい。
ここ2日、左足首が急に弱ってしまい、歩くのがしんどい。
左手の脱力も進行したような気がする。
グルタチオンのはっきりした効果は良くわからなかったが、
実は効いていたのかもしれない。
味覚障害の原因がグルタチオンだったとして、
主作用と副作用、どちらを優先すべきなのだろう、悩む・・・。
いずれにしても4日までは病院も休みなので、
先生と相談して、亜鉛摂取でどうにかなるのなら、
点滴を再開しようと思う。
どうやらリルテックも味覚障害を引き起こすようなので、
そもそもがグルタチオンが原因かもまだ分からない。
ALSに罹患した内科医の川崎晃一氏の本を読んでいたら、
リルテックの副作用で味覚障害やピリピリ感などの末梢神経障害が出て、
服用34ヶ月で中止したとあった。
本の巻末にALS日記があり、飲んだ薬、症状などが時系列で記載されている。
ラエンネック(プラセンタ)も試されていたようだ。
日記は2011年5月までとなっており、呼吸筋の麻痺もまだ見られないとあった。
発病12年経って、歩行も保持されているようだ。
その後、人口呼吸器をつけられたのかは分からないけれど、
医師であった患者さんが、呼吸器の選択をどうされるのか気になるところではある。
2014/12/23
話しづらいことは、けっこうしんどい。
「男のおばあさん」(永六輔・著/大和書房・刊)

パーキンソン病を患った永六輔さんのエッセイ集。
TBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」でのトークが元になっている。
1967年1月2日~昨年2013年9月27日まで、
46年9ヶ月にも渡って放送された、超ロングラン番組。
永さんの話し方が「痛々しい」などの投書が相次いだこともあって、
去年の9月で放送休止となったらしい。
そのあたりの永さんの心持ちが、この本の中で語られている。
病気の人を勇気づけたいという気持ちと、
もう辞めた方が良いのかなという気持ちの間を揺れ動く。
とっても良くわかる。
(※注:永さんは変人なので、分かってないかもしれない。笑)
もうひとつ最近気になっていることがある。
本人の中身は変わらないのに、
話し方ひとつで人の評価が変わってしまうということ。
たどたどしい話し方だと、中身も稚拙だと思われてしまうことがある。
お年寄りを「ちゃん」づけで呼んだりする人がいる。
簡単な日本語しか話せない外国人を、TVではお馬鹿タレントとして扱ったりする。
これがけっこうつらい。
話せないこともつらいけど、それを「痛い」と思われることはもっとつらい。
うまく話せないだけなのに。
人口声帯をつけて復帰した、山形県酒田市の本間市長にも、
職務続行に疑問の声が上がっているらしい。
http://mainichi.jp/select/news/20141220k0000m040044000c.html
実際に仕事に支障が出るようであれば考えるべきだけれど、
まだ何も問題が出ていないうちから引退を迫るのは、
なんとも寂しい社会だと思う。
本間市長は、ちゃんと話せないだけなのに。
横領した小渕議員は、しゃべれるだけなのに当選。
なんだか、もやもや。
-----------
※ちょっと脱線してしまいましたが、
パーキンソン病の患者さんは、この本を読むと元気をもらえると思います。
父に読ませたいです。

パーキンソン病を患った永六輔さんのエッセイ集。
TBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」でのトークが元になっている。
1967年1月2日~昨年2013年9月27日まで、
46年9ヶ月にも渡って放送された、超ロングラン番組。
永さんの話し方が「痛々しい」などの投書が相次いだこともあって、
去年の9月で放送休止となったらしい。
そのあたりの永さんの心持ちが、この本の中で語られている。
病気の人を勇気づけたいという気持ちと、
もう辞めた方が良いのかなという気持ちの間を揺れ動く。
とっても良くわかる。
(※注:永さんは変人なので、分かってないかもしれない。笑)
もうひとつ最近気になっていることがある。
本人の中身は変わらないのに、
話し方ひとつで人の評価が変わってしまうということ。
たどたどしい話し方だと、中身も稚拙だと思われてしまうことがある。
お年寄りを「ちゃん」づけで呼んだりする人がいる。
簡単な日本語しか話せない外国人を、TVではお馬鹿タレントとして扱ったりする。
これがけっこうつらい。
話せないこともつらいけど、それを「痛い」と思われることはもっとつらい。
うまく話せないだけなのに。
人口声帯をつけて復帰した、山形県酒田市の本間市長にも、
職務続行に疑問の声が上がっているらしい。
http://mainichi.jp/select/news/20141220k0000m040044000c.html
実際に仕事に支障が出るようであれば考えるべきだけれど、
まだ何も問題が出ていないうちから引退を迫るのは、
なんとも寂しい社会だと思う。
本間市長は、ちゃんと話せないだけなのに。
横領した小渕議員は、しゃべれるだけなのに当選。
なんだか、もやもや。
-----------
※ちょっと脱線してしまいましたが、
パーキンソン病の患者さんは、この本を読むと元気をもらえると思います。
父に読ませたいです。
2014/12/22
笑顔の約束~難病ALSを生きる~(テレビ朝日)
「笑顔の約束~難病ALSを生きる~(テレビ朝日)」を見た。
ALSと告知されて4年の富川睦美さん。
私と1歳違いの笑顔の素敵な女性。
涼やかな可愛らしい声で話す睦美さん。
4年経っても球麻痺がでない患者さんもいるんだなぁ・・・。
ALSの進行ってほんとに人によって違う。
一緒に見ていた母も、驚いていた。
「あなたより全然はっきりしゃべってる。ご飯も(私より)大きな塊でいいのね。」
あらためて、コミュニケーションは大切だと思う。
家族や友人、医療関係者と話す睦美さんが少しうらやましくもあった。
球麻痺から発症した私の話す能力は、おそらく4年は持たないだろう。
でも、呼吸筋の委縮により、睦美さんは亡くなった。
鼻マスクも装着していないようだったし、一見とても元気に見えたのに。
こんなことってあるのか。
予想していたかのように、自分でお別れ会を企画して、
人生に幕をひくかのように、突然亡くなった。
「自分らしく生きたい。」
そんな睦美さんの自分らしいという言葉は、何をもとめていたのだろう。
一度でいいから、お話したかったな。
同じくらいの年だから、シングル女子の悩みを共有できた気がする。
あと少し早く睦美さんのことを知っていたら、会いに行けたのに。
残念だよ。睦美さん。
良かったら、夢に出てきてね。
ALSと告知されて4年の富川睦美さん。
私と1歳違いの笑顔の素敵な女性。
涼やかな可愛らしい声で話す睦美さん。
4年経っても球麻痺がでない患者さんもいるんだなぁ・・・。
ALSの進行ってほんとに人によって違う。
一緒に見ていた母も、驚いていた。
「あなたより全然はっきりしゃべってる。ご飯も(私より)大きな塊でいいのね。」
あらためて、コミュニケーションは大切だと思う。
家族や友人、医療関係者と話す睦美さんが少しうらやましくもあった。
球麻痺から発症した私の話す能力は、おそらく4年は持たないだろう。
でも、呼吸筋の委縮により、睦美さんは亡くなった。
鼻マスクも装着していないようだったし、一見とても元気に見えたのに。
こんなことってあるのか。
予想していたかのように、自分でお別れ会を企画して、
人生に幕をひくかのように、突然亡くなった。
「自分らしく生きたい。」
そんな睦美さんの自分らしいという言葉は、何をもとめていたのだろう。
一度でいいから、お話したかったな。
同じくらいの年だから、シングル女子の悩みを共有できた気がする。
あと少し早く睦美さんのことを知っていたら、会いに行けたのに。
残念だよ。睦美さん。
良かったら、夢に出てきてね。
2014/12/10
医師のまなざし、ALS患者の物語
「いつかあなたも」(久坂部 羊・著/実業之日本社刊)
現役医師の久坂部羊氏による短編集。
同氏の小説を読むのは、「廃用身」「神の手」に続き、3作目。
医師が書いた小説は、実は意外とあるけれど、
氏の作品は、他の作家が書かないようなリアルな介護の現状を描いたものが多く、
強く印象に残るものが多い。
「神の手」は尊厳死法を通そうとする人々、阻止する人々を描いた作品だ。
政治やマスコミを利用してついに立法される手法も興味深く、
上下巻で非常に読みごたえがあった。
尊厳死法が施行された後の状況なども描いており、現実味がある。
「いつかあなたも」は、6篇からなる短編集で、
在宅医療の患者たちを描いている。
久坂部氏は、実際に在宅医療のクリニックに13年間の勤務経験があり、
あとがきによれば、当時の患者さんがモデルになっているらしい。
看取りがテーマになっているが、必ずしも美談になっていないのは、
実話にもどづいた小説だからなのかもしれない。でもさわやかな読後感がある。
最期の1篇、「セカンド・ベスト」は、ALS患者のエピソードだ。
病態は、少し手が動かせるものの四肢は麻痺しており、鼻マスクを使用。
まだしゃべることができ、夫婦での会話が生きがいなので、
声を失う気管切開は拒否している。
痛みや呼吸苦がつらい状態が長引くのも望んでおらず、
安楽死を希望する患者に新米医師はとまどう。
院長のベテラン医師は、安楽死ではなく、
「セカンド・ベスト」な治療として、セデーションで痛みを取り除くことを提案する。
おかげで夫妻は満足な年末を過ごすことができ、
新米医師は、セカンド・ベストどころか、ファースト・ベストだと喜ぶが、
院長の顔は曇るのだった・・・。
医師の描いた小説では、里見清一の「見送ル: ある臨床医の告白」もお勧め。
医師にとって患者とは大勢の患者うちの一人であり、
臨床によって経験を積み、次の患者に活かしている。
多忙な医師たちは、すべての患者に全力投球はできない。
より助かる可能性のある患者にプライオリティをおく。
そんな医師の日常の心持ちや判断に、
ノンフィクションのようなリアリティがあって興味深かった。
2014/11/30
病人は治さず殺さず。医療ビジネスの闇
「医療ビジネスの闇 ”病気産生”による経済支配の実態」(﨑谷博征・著/GAKKEN・刊)
アメリカの巨大製薬会社がいかにして莫大な利益を産みだすシステムを作ったのか。
本書は、そのからくりを暴き、TPPが日本に及ぼす影響を警告している。
ビッグファーマは、もはや病気を治す薬の開発には興味が無いらしい。
研究費がかかる割に回収が少ないからだ。
まず彼らが取り組んだのは、市場の拡大。
診断ガイドラインを操作し、いまや誰でも精神病予備軍。(笑)
慢性疾患や精神疾患を作り出し、CMで不安を煽り受診を勧奨、
高価な薬を一生飲んでもらう。
高価な抗ガン剤も彼らのターゲットになる。
巨額を投下して、FDA(アメリカ食品医薬局)も意のままに操り、
エビデンスがない新薬の認可もスピーディに降りてしまうという。
1つの抗がん剤の利益は、1日に8千万円~1億5千万円もあり、
認可が1日でも早ければ早いほど儲かる。
彼らはまた、金で政治家を動かし、アメリカでは、
ワクチンの副作用については、製薬会社の責任を問えない法律が成立。
安全性の担保されていないワクチンをどんどん製造、発展途上国に流している。
子宮頚がんワクチンのような副作用も当然のように起きており、
さながら人体実験のようなことが、人道支援の名のもとに黙殺されているという。
インフルエンザ予防接種を毎年受けていたことが、
寝ていれば治る病気のためにリスクを冒していたとは・・・。
(ギランバレーの原因としても疑われる。)
遺伝子組み換え作物についても、驚きの事実が。
食糧事情を改善するためのものではなく、種子を売るためのビジネスとは知らなかった。
収穫量は増えても、一代限りしか繁殖力が無い種子を作製し、
農民は、特許を持っている会社から毎年種を買わなくてはならなくなる。
遺伝子組み換え作物の安全性は確立していない。
まだ歴史が浅いので、長期的な悪影響についてのエビデンスが足りないというだけ。
体内の遺伝子や免疫に影響を及ぼし、
アメリカでアレルギーや喘息などの自己免疫疾患が増えた要因として疑われている。
調べてみたら、私が毎日飲んでいるアイスコーヒーに入れている
ガムシロップの原料は、果糖ブドウ糖液糖だった。
原料は、安価な遺伝子組み換えトウモロコシが主流らしい。
清涼飲料水や菓子にも頻繁に使われている。
血糖値を上げないので、低カロリーと思われているが、
代謝する肝臓に負荷をかけ、内臓脂肪になりやすい。
そもそも果糖って名前が健康に良さそうなのがヤバイ。
冷蔵庫をあらためてみる。
なんと納豆のたれにも入っていてがっくり。
Too lateですよ・・・。せめてこれからは使わないようにしよう。
どんなに気を付けていても危険な化学物質とは無縁ではいられない。
知らぬが仏?・・・いやいや、せめて知っておいた方がいいです。
2014/11/28
Dr. HOUSEがALSと対決。
「Dr. House」にも、ALS患者が登場する回を発見。
シーズン1・第9話「生きる希望」。
車椅子の有名トランぺッター、ジョン・ヘンリーが、
肺炎でハウスの病院に運ばれてくる。
彼は、フォアマンの恩師がいる別の病院でALSと診断されていた。
トランペットが吹けないなら、生きていてもしょうがないと、
ジョンは、DNR(蘇生拒否)の書類へのサインを希望する。
ところがハウスはいつもの直観で、ALSの診断を疑う。
フォアマンは、恩師への配慮から、ALSの診断を支持するが、
ハウスは、「ALSは死の宣告だぞ。」とあきらめず、
IVIG(免疫グロブリン)の投与を命じる。
ところが、IVIGの副作用で心肺停止に。
ハウスは、DNRを無視して心肺蘇生を行ってしまう。
怒ったジョンにハウスは、
「俺に(麻痺の)原因を調べさせてくれ。治せない時は楽にしてやる。」と提案。
ジョンは、ハウスの中に自分と同じプロ魂を感じて心が通い合う。
ギランバレーやウェゲナー肉芽腫など、症状が似ている病気が検討され、
そしてついに病気の正体が判明した・・・。
確定の難しいALS。
誤診を取り扱ったドラマはあまりないので、面白かったです。
シーズン1・第9話「生きる希望」。
車椅子の有名トランぺッター、ジョン・ヘンリーが、
肺炎でハウスの病院に運ばれてくる。
彼は、フォアマンの恩師がいる別の病院でALSと診断されていた。
トランペットが吹けないなら、生きていてもしょうがないと、
ジョンは、DNR(蘇生拒否)の書類へのサインを希望する。
ところがハウスはいつもの直観で、ALSの診断を疑う。
フォアマンは、恩師への配慮から、ALSの診断を支持するが、
ハウスは、「ALSは死の宣告だぞ。」とあきらめず、
IVIG(免疫グロブリン)の投与を命じる。
ところが、IVIGの副作用で心肺停止に。
ハウスは、DNRを無視して心肺蘇生を行ってしまう。
怒ったジョンにハウスは、
「俺に(麻痺の)原因を調べさせてくれ。治せない時は楽にしてやる。」と提案。
ジョンは、ハウスの中に自分と同じプロ魂を感じて心が通い合う。
ギランバレーやウェゲナー肉芽腫など、症状が似ている病気が検討され、
そしてついに病気の正体が判明した・・・。
確定の難しいALS。
誤診を取り扱ったドラマはあまりないので、面白かったです。
2014/11/20
「ジェイソン・ベッカー NOT DEAD YET」
「ジェイソン・ベッカー NOT DEAD YET ~不死身の天才ギタリスト~」(2011年11月公開)
実を言うとジェイソン・ベッカーという人を全く知らなかった。
それでもなぜ映画を観ようと思ったかと言うと、
彼がALSで呼吸器をつけた患者だからだ。
でも、音楽映画として最高に楽しめた。
前から少し感じていたけれど、意外とヘビメタって好きかも。
演出がとてもドラマティックで惹きこまれる。
前半は、天才の片鱗を見せながら、瞬く間にスターダムにのし上がっていく。
ついにギタリストなら誰もが夢見るデイヴ(元ヴァン・ヘイレンのデイヴィッド・リー・ロス)の
バンドに引き抜かれ、レコーディング、いよいよツアー!という矢先に、ALSが発覚する。
後半は一転、超絶技巧の鮮やかなステージシーンから、灰色の病院へ。
ツアーに参加できなかった失意は並々ならぬものだったはずだけれど、
自暴自棄になることもなく、前向きに闘病し、音楽にかかわる人生を模索してゆく。
何よりも際立っていたのは、彼の優しい笑顔と、謙虚さ。
映画のために作られたものではない人柄がにじみ出ていて、
思わずファンになってしまう。
彼の両親はまだ若いけれど、自分たちがいなくなった後の、
人口呼吸器をつけたジェイソンの行く末を案じ、
家族がいないと成り立たない介護であることを心配していたコメントが、
バンに乗り込み扉が閉じられるのと重なって印象的だった。
でも、ジェイソンなら大丈夫。そんな気がするエンディングだった。
21:15開始の1回のみの上映。久しぶりの夜の新宿。
上映館の新宿シネマカリテは新しくて綺麗な映画館。
ただ、地下にあるため、階段が長く、
残念ながらバリアフリーな映画館ではない。
少し遅いので、筋肉が若干疲れていたこともあり、
客席の横の通路でうっかり転んでしまった。(泣;
どうも最近斜めになっている地面に弱い。
前後は大丈夫なのに、横方向によろけることが多くなっている。
手首、足首と、末端がダメになってきているようだ。むむむ。
でもヒールのある靴はまだやめない。オンナの意地なのだ。
▽ジェイソン・ベッカー NOT DEAD YET
http://notdeadyet.jp/
実を言うとジェイソン・ベッカーという人を全く知らなかった。
それでもなぜ映画を観ようと思ったかと言うと、
彼がALSで呼吸器をつけた患者だからだ。
でも、音楽映画として最高に楽しめた。
前から少し感じていたけれど、意外とヘビメタって好きかも。
演出がとてもドラマティックで惹きこまれる。
前半は、天才の片鱗を見せながら、瞬く間にスターダムにのし上がっていく。
ついにギタリストなら誰もが夢見るデイヴ(元ヴァン・ヘイレンのデイヴィッド・リー・ロス)の
バンドに引き抜かれ、レコーディング、いよいよツアー!という矢先に、ALSが発覚する。
後半は一転、超絶技巧の鮮やかなステージシーンから、灰色の病院へ。
ツアーに参加できなかった失意は並々ならぬものだったはずだけれど、
自暴自棄になることもなく、前向きに闘病し、音楽にかかわる人生を模索してゆく。
何よりも際立っていたのは、彼の優しい笑顔と、謙虚さ。
映画のために作られたものではない人柄がにじみ出ていて、
思わずファンになってしまう。
彼の両親はまだ若いけれど、自分たちがいなくなった後の、
人口呼吸器をつけたジェイソンの行く末を案じ、
家族がいないと成り立たない介護であることを心配していたコメントが、
バンに乗り込み扉が閉じられるのと重なって印象的だった。
でも、ジェイソンなら大丈夫。そんな気がするエンディングだった。
21:15開始の1回のみの上映。久しぶりの夜の新宿。
上映館の新宿シネマカリテは新しくて綺麗な映画館。
ただ、地下にあるため、階段が長く、
残念ながらバリアフリーな映画館ではない。
少し遅いので、筋肉が若干疲れていたこともあり、
客席の横の通路でうっかり転んでしまった。(泣;
どうも最近斜めになっている地面に弱い。
前後は大丈夫なのに、横方向によろけることが多くなっている。
手首、足首と、末端がダメになってきているようだ。むむむ。
でもヒールのある靴はまだやめない。オンナの意地なのだ。
▽ジェイソン・ベッカー NOT DEAD YET
http://notdeadyet.jp/
2014/11/09
「ごめんね、ぼくが病気になって」
「ごめんね、ぼくが病気になって」(高見澤 たか子・著/春秋社・刊)
『「終の住みか」の作り方』を書いたノンフィクション作家、
高見澤たか子さんの介護エッセイ。
パーキンソン病の夫とともに生きた14年間を綴っている。
、
作者が女性なので、描かれる心情が正直なのと、
生活に密着した細かい不満なども綴られていて、臨場感がある。
患者さんの出したゴミ100%じゃないと捨てられないと言われたり、
ヘルパーさんとの不毛なやりとりには思わず笑ってしまった。
(本当は笑いごとではないのだが…)
パーキンソン病になる前の元気だったときから、
父は常にゴロンと寝てばかりいたこともあり、
いくら言ってもリハビリをしないことに、少しイラッとすることもあったのだけれど、
リハビリをする「気力がなくなる」というのも、この病気の症状とか。
また、よその人に会うときだけシャキッとしたりするのも、
この病気の特徴とか。(家族の前では頑張れないそうな。)
都合の良い時だけ動けないんだよね…とゆめゆめ思ってはいけない。すまぬ、父。
パーキンソン病も、10年以上進行すると、
胃ろうを導入したり、肺炎になったり、入院することも多くなるらしい。
ALS患者でも病院でつらい目にあったと書いている人が多いけれど、
一般的に自分で喋ることができない患者の入院生活は、
過酷なものになることが多いようだ。
療養・介護病床全廃方針は見直されるようですが、
病院でもヘルパーの付き添いを認められるように、同時に検討して欲しい。
入院して悪化するのでは、意味がないですから。。。
▽「療養病床」事実上存続でも誤りは認めず
http://medical-confidential.com/confidential/2014/10/post-803.html
(※医療月刊誌「集中」ウェブサイトへリンク)
『「終の住みか」の作り方』を書いたノンフィクション作家、
高見澤たか子さんの介護エッセイ。
パーキンソン病の夫とともに生きた14年間を綴っている。
、
作者が女性なので、描かれる心情が正直なのと、
生活に密着した細かい不満なども綴られていて、臨場感がある。
患者さんの出したゴミ100%じゃないと捨てられないと言われたり、
ヘルパーさんとの不毛なやりとりには思わず笑ってしまった。
(本当は笑いごとではないのだが…)
パーキンソン病になる前の元気だったときから、
父は常にゴロンと寝てばかりいたこともあり、
いくら言ってもリハビリをしないことに、少しイラッとすることもあったのだけれど、
リハビリをする「気力がなくなる」というのも、この病気の症状とか。
また、よその人に会うときだけシャキッとしたりするのも、
この病気の特徴とか。(家族の前では頑張れないそうな。)
都合の良い時だけ動けないんだよね…とゆめゆめ思ってはいけない。すまぬ、父。
パーキンソン病も、10年以上進行すると、
胃ろうを導入したり、肺炎になったり、入院することも多くなるらしい。
ALS患者でも病院でつらい目にあったと書いている人が多いけれど、
一般的に自分で喋ることができない患者の入院生活は、
過酷なものになることが多いようだ。
療養・介護病床全廃方針は見直されるようですが、
病院でもヘルパーの付き添いを認められるように、同時に検討して欲しい。
入院して悪化するのでは、意味がないですから。。。
▽「療養病床」事実上存続でも誤りは認めず
http://medical-confidential.com/confidential/2014/10/post-803.html
(※医療月刊誌「集中」ウェブサイトへリンク)
2014/10/23
正しい=最良?
「廃用身」(久坂部 羊・著/幻冬舎文庫・刊)
「大学病院のウラは墓場」(幻冬舎新書刊)という医療エッセイが面白かったので、
久坂部氏の経歴を調べていたら、
処女作の「廃用身」という小説が気になり、試しにKindleで購入。
待ち時間にiPhoneでちょっと読もうと思ったところが、
やめることができず、なんと一気に最期まで読み切ってしまった。
医師が自身の治療を回顧してゆく、
さながらノン・フィクションのような文調で物語は始まる-。
「廃用身」とは、脳梗塞などの麻痺で動かず回復しない手足をいう。
「どうせ動かない手足なら、切断してしまえば患者も介護者も楽になるのではないか?」
治療した患者に予想外の良い結果が生まれ、徐々に手術を受ける患者も増えてゆくのだが、
悪意の第3者の告発をきっかけに、マスコミから「悪魔の医師」と糾弾されてゆく-。
切断なんて、一見トンデモナイ治療法なのに、
読み進むうちに、「ありなのでは?」と思わせてしまう説得力を生み出しているのは、
作者の久坂部氏の医師としての経歴だろう。
登場する介護の陰惨な現場や貧困介護の実態もリアルで、
どこまでが虚構なのかと想像すると背筋がぞっとする。
介護には、お金も人手もかかる。
来るべき老人社会での介護問題を解決するためには、
限りあるリソースで間に合わせるしかない。
ひとつの解決方法として漆原医師が提案したのが、
不要な身体の切断という方法だった。
正直後味は悪い。見たくない現実を見せられた気がするからだ。
でも、何を幸せと感じるかは人それぞれなんだということにも気づく。
両手両足を切断してもなお、幸せを感じるという患者もあると。
病気は治さないけれど、生活を取り戻す治療。
麻痺して動かない腕が痛みを伴うとしたら、切断するという「治療」は是か非か。
「ブラックジャックによろしく」でも、がん細胞を殺すためではなく、
現状維持のために抗がん剤を使用するという話があった。治さずにがんに勝つ。
サンデル教授の言うとおり、正義は1つじゃない。
同じ治療が、ある人にとっては正しくて、ある人にとっては正しくない。
続けて、尊厳死を扱った小説「神の手」も読んでみようと思う。
「大学病院のウラは墓場」(幻冬舎新書刊)という医療エッセイが面白かったので、
久坂部氏の経歴を調べていたら、
処女作の「廃用身」という小説が気になり、試しにKindleで購入。
待ち時間にiPhoneでちょっと読もうと思ったところが、
やめることができず、なんと一気に最期まで読み切ってしまった。
医師が自身の治療を回顧してゆく、
さながらノン・フィクションのような文調で物語は始まる-。
「廃用身」とは、脳梗塞などの麻痺で動かず回復しない手足をいう。
デイケア施設で、老人の訪問医療にあたる漆原医師は、
心身の不自由な「廃用身」をもつ患者の画期的療法を思いつく。
治療した患者に予想外の良い結果が生まれ、徐々に手術を受ける患者も増えてゆくのだが、
悪意の第3者の告発をきっかけに、マスコミから「悪魔の医師」と糾弾されてゆく-。
切断なんて、一見トンデモナイ治療法なのに、
読み進むうちに、「ありなのでは?」と思わせてしまう説得力を生み出しているのは、
作者の久坂部氏の医師としての経歴だろう。
登場する介護の陰惨な現場や貧困介護の実態もリアルで、
どこまでが虚構なのかと想像すると背筋がぞっとする。
介護には、お金も人手もかかる。
来るべき老人社会での介護問題を解決するためには、
限りあるリソースで間に合わせるしかない。
ひとつの解決方法として漆原医師が提案したのが、
不要な身体の切断という方法だった。
正直後味は悪い。見たくない現実を見せられた気がするからだ。
でも、何を幸せと感じるかは人それぞれなんだということにも気づく。
両手両足を切断してもなお、幸せを感じるという患者もあると。
病気は治さないけれど、生活を取り戻す治療。
麻痺して動かない腕が痛みを伴うとしたら、切断するという「治療」は是か非か。
「ブラックジャックによろしく」でも、がん細胞を殺すためではなく、
現状維持のために抗がん剤を使用するという話があった。治さずにがんに勝つ。
サンデル教授の言うとおり、正義は1つじゃない。
同じ治療が、ある人にとっては正しくて、ある人にとっては正しくない。
続けて、尊厳死を扱った小説「神の手」も読んでみようと思う。
2014/10/15
まだ2ヶ月あるけど、たぶん今年一番面白かった本。
「寄生虫なき病」
(モイセズ・ベラスケス=マノフ・著/文芸春秋・刊)

花粉、食物、ダニ、チリ、化粧品…、
現代を生きる私たちにとって、アレルギーは、ごくありふれた疾患となりつつある。
●アレルギーは、アレルゲンとなる物質が身体に取り込まれることで、引き起こされている。
●近年アレルギー患者が増えているのは、
大気や土壌などの環境汚染や、食品添加物、化学物質などのせいである。
…といったところが、一般的な認識ではないだろうか。
ところが、この本を読むと、そういった認識は決して間違いではないが、
アレルギーの本質的な原因を見誤っている可能性があると本書は指摘している。
そもそもアレルギーになってしまった原因が、
「アレルゲンが身体に入ってしまったから」ではなく、
もともと「存在していた何か」が無くなった結果だとしたら???
花粉症、喘息、アレルギー、そして多発性硬化症、炎症性大腸炎などの自己免疫疾患は、
免疫システムのアンバランスによって引き起こされているという。
実は寄生虫や微生物が、免疫のバランスを調整するためのキーマンらしい。
幼少の頃から、微生物の多い農場で過ごしたり、母親から受け継ぐ微生物が、
大人になってからのアレルギーや自己免疫疾患を防ぐのだ。
虫歯菌が増えることを恐れて、子供と同じ食器は使わなかったり、
抗菌グッズに囲まれて育つと、大人になってから実はもっと恐ろしいことが…?
都市化や寄生虫駆除が浸透してきた時期と、
アレルギー・自己免疫疾患の患者数増加は相関関係にあるそうだ。
多発性硬化症、潰瘍性大腸炎、喘息などは、好発年齢が若い。
もし、幼少期の清潔すぎる環境が原因で病気になっているとしたら、
これからもっと患者数が増えていくのかもしれない。
現に潰瘍性大腸炎の特定疾患受給者数は、この10年間で爆発的に増えている。
▼参考(難病慢性疾患全国フォーラム2013資料より)
http://www.nanbyo.sakura.ne.jp/forum2013/s-kanazawa.pdf
だからといって今さらどうしようもない。子供時代には戻れないのだ。
これからは平均寿命が下がっていくのかもしれないという。
免疫を持っている老人の方が若者より元気で長生きという、
特殊な高齢化社会が、もしかしたら来るのかも…?
(モイセズ・ベラスケス=マノフ・著/文芸春秋・刊)

花粉、食物、ダニ、チリ、化粧品…、
現代を生きる私たちにとって、アレルギーは、ごくありふれた疾患となりつつある。
●アレルギーは、アレルゲンとなる物質が身体に取り込まれることで、引き起こされている。
●近年アレルギー患者が増えているのは、
大気や土壌などの環境汚染や、食品添加物、化学物質などのせいである。
…といったところが、一般的な認識ではないだろうか。
ところが、この本を読むと、そういった認識は決して間違いではないが、
アレルギーの本質的な原因を見誤っている可能性があると本書は指摘している。
そもそもアレルギーになってしまった原因が、
「アレルゲンが身体に入ってしまったから」ではなく、
もともと「存在していた何か」が無くなった結果だとしたら???
花粉症、喘息、アレルギー、そして多発性硬化症、炎症性大腸炎などの自己免疫疾患は、
免疫システムのアンバランスによって引き起こされているという。
実は寄生虫や微生物が、免疫のバランスを調整するためのキーマンらしい。
幼少の頃から、微生物の多い農場で過ごしたり、母親から受け継ぐ微生物が、
大人になってからのアレルギーや自己免疫疾患を防ぐのだ。
虫歯菌が増えることを恐れて、子供と同じ食器は使わなかったり、
抗菌グッズに囲まれて育つと、大人になってから実はもっと恐ろしいことが…?
都市化や寄生虫駆除が浸透してきた時期と、
アレルギー・自己免疫疾患の患者数増加は相関関係にあるそうだ。
多発性硬化症、潰瘍性大腸炎、喘息などは、好発年齢が若い。
もし、幼少期の清潔すぎる環境が原因で病気になっているとしたら、
これからもっと患者数が増えていくのかもしれない。
現に潰瘍性大腸炎の特定疾患受給者数は、この10年間で爆発的に増えている。
▼参考(難病慢性疾患全国フォーラム2013資料より)
http://www.nanbyo.sakura.ne.jp/forum2013/s-kanazawa.pdf
だからといって今さらどうしようもない。子供時代には戻れないのだ。
これからは平均寿命が下がっていくのかもしれないという。
免疫を持っている老人の方が若者より元気で長生きという、
特殊な高齢化社会が、もしかしたら来るのかも…?
2014/10/13
リスクは選ぶもの。
「医療にたかるな」(村上智彦・著/新潮社・刊)
地域医療の最前線で戦う医師が、
北海道での活動をもとに、医療現場の問題点を告発する本。
沖縄と北海道は開発が遅れた地域なので、
国から交付金などで特別扱いされてきた歴史もあり、
お上にお任せ体質とか、確かにあるかもと思った。
札幌の街並みは先進的だけど、北海道の人は保守的な人が多い気がする。
北海道は1人あたりの病院数も多く、
医療機関にお任せな患者家族も多い。(私の父もケアハウスにいる。)
患者家族から、「何かあったらどうするんだ!」と言われたとき、
著者はこう答えるという。
「必ず何かあります。あなたのお父さんはたぶんあなたより先に亡くなります。」
その時は、「プロのサポートがあった上で、何かが起こっても仕方がない」と
思っていただくしかないと思います。
事故が起こることを恐れて、リスクを回避する選択ばかりしていると、
残り少ない大切な時間をつまらないものにしてしまいます。
自らの責任回避を優先して、患者のやれないことを増やしていくのが良いことなのでしょうか?
ぜひ自分の身に置き換えて考えて欲しいと思います。
そうだよなぁ。リスクを回避ばかりしていると、何もできなくなる。
やりたいことをやった結果何かあったとしても、
それは患者本人にとっては不幸ではないのかも。
御嶽山の登山者への注意喚起が無かったのも、
何も起きなかった時にヘビーなクレームをつけてくる輩がいるからということもあると思う。
何もなかったんだから、ありがたいことじゃん…とはならない。
そういうことが続くと、つい何もしないという流れに考え方もいく。
「何か起きたら、訴えられちゃうから無難に。」
形式的なお医者さんや、管理的な施設を作ってしまうのは、
結局は患者と患者の家族なのかもしれない。
地域医療の最前線で戦う医師が、
北海道での活動をもとに、医療現場の問題点を告発する本。
沖縄と北海道は開発が遅れた地域なので、
国から交付金などで特別扱いされてきた歴史もあり、
お上にお任せ体質とか、確かにあるかもと思った。
札幌の街並みは先進的だけど、北海道の人は保守的な人が多い気がする。
北海道は1人あたりの病院数も多く、
医療機関にお任せな患者家族も多い。(私の父もケアハウスにいる。)
患者家族から、「何かあったらどうするんだ!」と言われたとき、
著者はこう答えるという。
「必ず何かあります。あなたのお父さんはたぶんあなたより先に亡くなります。」
その時は、「プロのサポートがあった上で、何かが起こっても仕方がない」と
思っていただくしかないと思います。
事故が起こることを恐れて、リスクを回避する選択ばかりしていると、
残り少ない大切な時間をつまらないものにしてしまいます。
自らの責任回避を優先して、患者のやれないことを増やしていくのが良いことなのでしょうか?
ぜひ自分の身に置き換えて考えて欲しいと思います。
そうだよなぁ。リスクを回避ばかりしていると、何もできなくなる。
やりたいことをやった結果何かあったとしても、
それは患者本人にとっては不幸ではないのかも。
御嶽山の登山者への注意喚起が無かったのも、
何も起きなかった時にヘビーなクレームをつけてくる輩がいるからということもあると思う。
何もなかったんだから、ありがたいことじゃん…とはならない。
そういうことが続くと、つい何もしないという流れに考え方もいく。
「何か起きたら、訴えられちゃうから無難に。」
形式的なお医者さんや、管理的な施設を作ってしまうのは、
結局は患者と患者の家族なのかもしれない。
2014/10/11
ALS患者の日常を体験する10の方法
今日、妹がうどんを食べたいというので、
何となくうどん屋に入りました。
1本単位で食べられるので、ラーメンよりは御しやすいと思っていたのに、
甘かった、重い、うどんが。。。
この感じを伝える上手い言い方はないかなと思っていたら、
「ALS患者の日常を体験する10の方法」という記事が。
(http://longtailworld.blogspot.jp/2014/08/als10a-mile-in-als-shoes.html)
10項目引用してしまうと、全文になってしまうので、
私の共感を呼んだ、1つ目の項目だけ。
1)4.5kgのウェイトを持つ。それがフォークだと思って、皿から口に繰り返し運ぶ。震えないように。
それだ、、、まさにまさに。
星飛雄馬が大リーグ強化ギブスをつけて食事してたあの感じ?
足はラジオ体操で少し持ち直している気がしていたのですが、
右手がなんだかこの1ヶ月で急に動かせなくなってきました。
やつは容赦がないです。
普通の生活が、とってもいとおしい。
「いとおしい」は、愛おしいでもあり、いと惜しいなんだなと、ふと思いました。
何となくうどん屋に入りました。
1本単位で食べられるので、ラーメンよりは御しやすいと思っていたのに、
甘かった、重い、うどんが。。。
この感じを伝える上手い言い方はないかなと思っていたら、
「ALS患者の日常を体験する10の方法」という記事が。
(http://longtailworld.blogspot.jp/2014/08/als10a-mile-in-als-shoes.html)
10項目引用してしまうと、全文になってしまうので、
私の共感を呼んだ、1つ目の項目だけ。
1)4.5kgのウェイトを持つ。それがフォークだと思って、皿から口に繰り返し運ぶ。震えないように。
それだ、、、まさにまさに。
星飛雄馬が大リーグ強化ギブスをつけて食事してたあの感じ?
足はラジオ体操で少し持ち直している気がしていたのですが、
右手がなんだかこの1ヶ月で急に動かせなくなってきました。
やつは容赦がないです。
普通の生活が、とってもいとおしい。
「いとおしい」は、愛おしいでもあり、いと惜しいなんだなと、ふと思いました。
2014/10/10
親の認知症が心配になったら読む本
「親の認知症が心配になったら読む本 そこが知りたい!94のポイント」
(市来嵜潔・監修/小川陽子・著/実務教育出版・刊)
認知症の介護について解説した本なのだが、
要介護認定の手続きの流れや、 良いヘルパー事業所や介護施設の見分け方、
ケアマネへの要望の伝え方、頼んではいけないこと、困ったときの行政の窓口など、
自分のもしもの在宅介護体制を考える上で勉強になった。
やってみたら、こんなにスムーズじゃないということはあるかもしれないけれど、
実際には介護保険を受けられるくらいの症状にならないと申請できないので、
本で段取りをつかんでおくくらいしかできないし。。。
財産の管理や、口腔ケアの大切さなど、
最初からなかなか気づけないことも解説してくれている。
介護初心者には、非常に分かりやすい、良書だと思う。
(市来嵜潔・監修/小川陽子・著/実務教育出版・刊)
認知症の介護について解説した本なのだが、
要介護認定の手続きの流れや、 良いヘルパー事業所や介護施設の見分け方、
ケアマネへの要望の伝え方、頼んではいけないこと、困ったときの行政の窓口など、
自分のもしもの在宅介護体制を考える上で勉強になった。
やってみたら、こんなにスムーズじゃないということはあるかもしれないけれど、
実際には介護保険を受けられるくらいの症状にならないと申請できないので、
本で段取りをつかんでおくくらいしかできないし。。。
財産の管理や、口腔ケアの大切さなど、
最初からなかなか気づけないことも解説してくれている。
介護初心者には、非常に分かりやすい、良書だと思う。
2014/10/06
小さな死。
病気を告知されてから、いろんな患者さんのブログを読んだ。
将来に起きるであろう事態への不安を、せめて「想定内」にしたい一心から読んでいた。
その中で、とても印象に残っている言葉がある。
西村さんという患者さんの講演記録の中で語られた、「小さな死」という言葉だ。
実際には、西村さん自身の言葉ではなく、ある社会学者の言葉らしい。
日々の生活の中であきらめていく小さな喪失体験のことを、「小さな死」と命名した。
なぜ思い出したのかというと、私にも今日また、「小さな死」があったから。
今朝、台風の中仕事に行こうとしたとき、
「壊れてもいいように、ビニール傘にしよう。」と開こうとしたら、開けない。
傘を開くのは意外に力がいるのだ。
いつの間にか右手でも、開けなくなってしまったらしい。
「しょうがない。折り畳み傘で行こう。」
駅に着いた。今度は閉じることができない。
焦る。見た目は全くの健常者の私には、「閉じてください。」と頼みにくい。
しばらくトライして、やっと閉じることができた。
家の鍵も左手ではもう回せない。
右手で回せなくなったら家に入れないのだろうか。
足が動かないよりも、手が使えない不便は大きいように思う。
ラーメン食べられない時と同じく、
開きやすい傘を買えばいい。…だけなんだけれど、
予想していないことに遭遇すると、意外と凹むのです。。。弱っちいな私。
※下記は「小さな死」について語られた部分の引用です。
西村さんの素晴らしい講演内容は、下記HPリンクに全文掲載されています。
講演 「いのちを輝かして」 西村隆さん、西村雅代さん
(下記引用:日本ALS協会近畿ブロックのHP掲載の講演記録より)
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身体の中の微妙な変化は どんなに近くにいる、家族にも分からないほど小さなものなのですが、私にはその一つ一つが心を痛める大事件です。
どんどん萎縮する肉体、発病して五、六年は毎日、自分の身体をにらみつけては、変化を探しました。65kgあった体重がアッという間に40kg台に減りました。
そして出来ていたこと、昨日まで当たり前にできていたことを次々にあきらめていきます。
○月×日ペンがもてない。さらばペンよ。
○月×日お箸が使えなくなる。
○月×日エンジンキーが回せない。運転をあきらめる。
毎日書いていたパソコンの日記には出来なくなったことが短く書いてあります。
繰り返される喪失体験がALSの特徴です。ある社会学者はこの喪失体験のことを「小さな死」と定義しています。まさに実感です。
それは自分が崩れていく、価値が無くなる体験でした。
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将来に起きるであろう事態への不安を、せめて「想定内」にしたい一心から読んでいた。
その中で、とても印象に残っている言葉がある。
西村さんという患者さんの講演記録の中で語られた、「小さな死」という言葉だ。
実際には、西村さん自身の言葉ではなく、ある社会学者の言葉らしい。
日々の生活の中であきらめていく小さな喪失体験のことを、「小さな死」と命名した。
なぜ思い出したのかというと、私にも今日また、「小さな死」があったから。
今朝、台風の中仕事に行こうとしたとき、
「壊れてもいいように、ビニール傘にしよう。」と開こうとしたら、開けない。
傘を開くのは意外に力がいるのだ。
いつの間にか右手でも、開けなくなってしまったらしい。
「しょうがない。折り畳み傘で行こう。」
駅に着いた。今度は閉じることができない。
焦る。見た目は全くの健常者の私には、「閉じてください。」と頼みにくい。
しばらくトライして、やっと閉じることができた。
家の鍵も左手ではもう回せない。
右手で回せなくなったら家に入れないのだろうか。
足が動かないよりも、手が使えない不便は大きいように思う。
ラーメン食べられない時と同じく、
開きやすい傘を買えばいい。…だけなんだけれど、
予想していないことに遭遇すると、意外と凹むのです。。。弱っちいな私。
※下記は「小さな死」について語られた部分の引用です。
西村さんの素晴らしい講演内容は、下記HPリンクに全文掲載されています。
講演 「いのちを輝かして」 西村隆さん、西村雅代さん
(下記引用:日本ALS協会近畿ブロックのHP掲載の講演記録より)
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身体の中の微妙な変化は どんなに近くにいる、家族にも分からないほど小さなものなのですが、私にはその一つ一つが心を痛める大事件です。
どんどん萎縮する肉体、発病して五、六年は毎日、自分の身体をにらみつけては、変化を探しました。65kgあった体重がアッという間に40kg台に減りました。
そして出来ていたこと、昨日まで当たり前にできていたことを次々にあきらめていきます。
○月×日ペンがもてない。さらばペンよ。
○月×日お箸が使えなくなる。
○月×日エンジンキーが回せない。運転をあきらめる。
毎日書いていたパソコンの日記には出来なくなったことが短く書いてあります。
繰り返される喪失体験がALSの特徴です。ある社会学者はこの喪失体験のことを「小さな死」と定義しています。まさに実感です。
それは自分が崩れていく、価値が無くなる体験でした。
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