2015/01/31

闘病は中庸でよし。

病気だと分かってブログを書き始めてから、
まもなく1年が経とうとしている。

病気の悩みというより、介護への不安が大きいので、
知人と話していても、自分の病気については話題にできなかった。
(コメントしづらいだろうし)

なので、「王さまの耳はロバの耳」よろしく、
知り合いが誰も見ていないらしいのをいいことに、
人さまに言えない愚痴などを日々書き綴ったりしていたのだが、
記事によっては、検索上位に来たりしているらしい。

もしかしたら、私の知り合いの方が見ているかも?!(…という懸念が)

私は、治ってみせる!という強い希望を語っていないし、
尊厳死的な話題も取り上げたりしているので、
ちょっと後ろ向きなのでは?…と、心配したりなんかしてるかもしれませんが、

私は、決してあきらめたりしていません。

大きく期待もせず、かといって絶望もせず、
その時々に応じて、文句や愚痴をいいつつ、
淡々と乗り切って(割り切って?)いくタイプなのです。

明るくないネタがたまに登場しても、
さりげなく、内緒で見守ってくださいね。(笑)

2015/01/26

軽症と重症のハザマ。

正直言って、両手の親指に力が入らないというだけで、
これほど生活に支障がでるとは想像だにしなかった。

鍵やポストが開けにくいとか、髪が乾かせないとか、
なべが洗えないとか、洗濯物が干せないとか、
ズボンのボタンが開けられないとか、、、

お手伝いさんを雇うほどの作業量ではない些末な、
けれど毎日頻繁に発生する家事たちは、
同居の家族がいればなんとかなるのだろうけれど、
1人ではどうにもならない感じ。

ALSで1人暮らし(完全介護生活)を営んでいるタフな患者さんは、
少ないながらもおられるのだが、
ブログなどで拝見する限りでは、
家族同居の時期を経て、ヘルパー体制を整えたのち、
独居に踏み切った方が多い。

障害者手帳などの公的福祉を利用できる以前の、
軽症と重症の過渡期について、
1人暮らしの場合、どう乗り切っていけばよいのだろう???
仕事はできても家事はできないって事態は、あんまり想定されてない。

飲み込めないとか、階段がつらいとか、
まるで、老化シミュレーション体験をやらされてるよう。

オリンピック前にバリアフリー化が進むとニュースで聞いたけれど、
短ーいエスカレーターの前になぜか3段くらい階段があるとか、
地上行きかと思ってエレベーターに乗ったら、階段の前に着いただけとか、
業者が喜ぶだけの無意味なバリアフリー工事は、
ただの迷惑なのでやめてください。
腹が立つ分、階段しか無いところより疲れます。。。

2015/01/21

iPS細胞治療の最前線

再生医療実現拠点ネットワークプログラム
平成26年度公開シンポジウム
2015年1月21日(水)@ベルサール新宿グランド

再生治療は、いま一番興味のある分野なので、
その最新情報が分かるというセミナーに参加してきました。

会場は満席。参加人数は500人ほど?

一番最初のパネリストは、山中伸弥教授。

iPS細胞についての説明部分は、
山中教授監修の、gaccoの「よくわかる!iPS細胞」講座の授業と
一部重複する内容だったので、文系女子でも楽に理解できた♪

それにしても!iPS細胞の研究テーマは、
すでにマスプロダクションにフォーカスされているのに驚く。

現在、「iPS細胞ストック」の構築が着々と進められているらしい。

iPS細胞を使った治療は、拒絶反応を防ぐために、
自分の細胞を培養するのかと思っていたけれど、
それだと、1件あたり1千万ものコストがかかってしまう。

だが、他人の細胞を移植すると、免疫の拒絶反応が起きる可能性がある。

でもまれに、拒絶を起こしにくいHLA抗体を持つ人がいるそうで、
その人の細胞を元に培養すると、
他家移植しても拒絶が起こりにくいiPS細胞ができるらしい。

現在、山中教授率いる「iPS細胞ストック」プロジェクトでは、
その拒絶反応が起こりにくいHLAタイプを集めていて、
100名のドナーを見つけることができれば、
日本人の大半をカバーできるようになるとか。すごいですね。
チームは、10年後の実現を目指している。

改正薬事法により臨床化へのスピードアップが図られるなど、
国が全面バックアップするようになった背景には、
こういった量産化への目途がついて、
再生医療はビジネスになるという算段ができたということもありそう。

-----------------------

治療の実用化については、
疾患によってマイルストーンが大きく変わるようだ。

原因や機序が明確になっている病気ほど応用しやすいらしく、
パーキンソン病は、もう間近という印象を受けた。
世界最初のiPS細胞の治療例が間もなく見られるかもしれない。

この盛り上がりだと、20~30年後くらいには、白内障の手術のように、
気軽に身体のパーツを交換する時代が来るかも?!

-----------------------

残念ながら、今回のセミナーでは、
ALSなどの神経疾患の進捗については触れられなかった。
iPS細胞を利用して、早く病気の原因が見つかることを祈るのみ。

でも今回の配布資料で紹介されていたウェブサイトに、
ALS研究の現況が詳しく載っていたので、ぜひ参照ください。



また、同じく配布資料の「幹細胞ハンドブック」がとても分かりやすく、
各疾患の研究状況なども載っていて勉強になった。

CiRA(サイラ)のウェブサイトから、PDFで閲覧できるので、
興味のある方はどうぞ。

▽CiRA(サイラ)(→ニュースルーム→刊行物→その他)

2015/01/19

中指がんばる。

今日、グルタチオン点滴をしてきたら、
右手の中指の感覚が戻った!

中指の違和感に気づいてから、すごい怖かったから、良かった…(泣;

これでしばらくはマウスが使える。

今の仕事はマウスが使えないと話にならんので、一安心。

週1だとお金がきついので、
2週に1度くらいでいい感じで効いてくれると嬉しいのだが。

---------------------
※注)
グルタチオンは、現在のところALSへの効果について、
エビデンスはありません。
(点滴を受けている病院の先生から、製薬会社に確認をとってくれました。)
美容目的にも使われており、安全性の高い薬剤といわれてはいますが、
副作用も無いわけではありません。
上記は接種を推奨するものではありませんのでご了承ください。

2015/01/18

悩むのもそろそろ飽きたので。

私は、まず最悪の事態を考えないと安心できない損な性分で、

「最悪の事態でこんなもんか。」と知ってはじめて、楽天家モードに切り替わる。

ここ2ヶ月ほど患者さんの本を読んで、
ある程度は、在宅介護の状況について分かってきた。
(といっても、本当の地獄は分かってないと思いますけどね。)

そのせいで、かなりブルーになったりもしたけれど、
同時に、考えすぎてもしょうがないことも分かった。

進行は人によってかなり違う。自分がどうなるかは誰にも分からない。
分からないことを考えても仕方がないし。
ある程度重度にならないと、どうせ福祉関係も手配できないし。

だからそろそろ反転モード。

やることだけ決めて、余計なことは悩まない。

夏まではなんとか東京で頑張る。

右手の中指の違和感がちょっと心配だけど、
それまでは、なんとかマウスは使える気がする。

でも、家の鍵が開けられなくなりつつある以上、
誰かと住まないと無理。

なので、夏になったら札幌に戻ることに決めた。

いまかかっている先生のような良い先生に、
札幌でも出会えるといいなと思う。

あと、介護に向いてない母がちょっと心配。。。
…あ、いかんいかん、悩まないことにしたんだった。

とりあえず夏までは、東京生活を楽しもう!

2015/01/17

「栄光ある撤退」は認められるのだろうか?

泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生」
照川 貞喜・著/岩波書店・刊)


「泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生」は、2003年に発刊された本。

照川さんは、身体は不自由でも、呼吸器をつけても、
工夫とやる気次第で、できることは無限にあるとおっしゃっている。

ALSになってからパソコンで始めた将棋で、五段を取得したり、
果敢に新しいことにチャレンジされていたようだ。
奥様との掛け合いもユーモアがあって楽しい。


こちらは、この本が発刊されてから6年後に放送されたNHKの番組。

クローズアップ現代(2009年)

照川さんは、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、
9ページにも及ぶ、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。

「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精一杯生きる所存です。
私は人生を終わらせてもらえることは“栄光ある撤退”と確信しています」


この番組は、放送当時とても大きな話題となったようだ。

私はこの番組については全く知らなかったけれども、
照川さんの本を読んで、たまたま検索したらこの話題にたどりついた。

すごい違和感を感じたのは、
照川さんや番組に対して、患者関係者から強い批判があったことだ。

こんなに頑張って生きてきた人が、
自分の要望をここまできちんと主張しても呼吸器は外せない。

外せないどころか、「外したい」って言うことすら許されない空気。

確かに「死んだらそれまでよ。」ではある。
でも、人生を安らかに終えたいと思うのはそんなに悪なのだろうか?
別にバンバン呼吸器を外そうって話でもない。

照川さんほどに患者が意思を表明しても、
呼吸器を外すことが殺人とされてしまうのであれば、
やはり法整備は必要なのかもしれない。

自殺そのものは法に触れないが、自殺ほう助は違法。
この矛盾した関係が難しさをはらんでいる。

意思はあっても患者の身体が不自由な場合、
どこまでが自らとった行動と言えるのかが争点になる気がする。

2015/01/11

「考える」と「悩む」は違う。

「考える」と「悩む」は違う。
これは、尊敬する鴻上尚史さんのお言葉。

分かってはいても、このところの私は悩んでいる状態にハマっている。
進行が遅くなったことで未練ができて、
何事もスパッと決めることができなくなってしまったらしい。

階段も上がりづらいし、さすがに引っ越さなければならないのだけれど、
賃貸なので、どうしたってランクが下がるところになる。

すると「あれがイヤ」「これが気になる」と、結論を先延ばしにしてしまい、
発症後1年にもなろうというのに、まだ以前の住居のまま。

この1ヶ月ほど、また急に進行してきた気がするので、
本当は、諦めて決めなきゃならない。
言い訳も多くなってきて、回りも少しイライラしてきているような。

仕事も大した役には立ってないけれど、キーボードも若干つらくなってきたし、
そろそろ辞めた後の引き継ぎを考えておいた方がいい。
それには、いつまで続けたいかきちんと言わないとならないけれど、
決めてしまったら、もう社会とのつながりも無くなるようなコワさ。

でも…

どうしたって、今の生活は続けられないのだ。

そろそろ考えないといけない。

2015/01/09

寒いとやはり症状が・・・。

北海道は、爆弾低気圧通過中。

この1ヶ月の間に、急に進行した感じ。
左手だけでなく右手も弱ってきた。

昨年も冬の間は進行が止まらなかったけれど、
寒いと筋肉が固まるので、進行した感じがするのかもしれない。

ズボンの脱ぎ履きに時間がかかるので、トイレに早めに行かなくては。(笑)
食事もハサミが手放せなくなってきた。
食べるのに時間はかかるけど、食欲は衰えてませんが。(量はしっかり)

※余談
アマゾンで買ったハサミが、とても使いやすいです。
3つ買ったけど、これが一番でした。軽いし携帯ケースもついてて便利。


味覚障害になったので、
ここ3週間ほどグルタチオンを休んでいたけれど、
寒さではなく、点滴を止めたせいで進行したならと、
背に腹はかえられないので、急きょ1400㎎点滴した。

…なんか少しマシになった気はするけど、うーん。。。

早く暖かくなってほしい。
とりあえず、明日東京に帰る予定。

2015/01/06

こころ豊かに生きる人。

住めば都の不自由なしあわせ」
(西村隆・宮本雅代・著/いのちのことば社・刊)


お正月は、ALS患者さんの本を数冊拝読した。

この本は、以前「小さな死」という記事でご紹介した、西村夫妻の本。
人柄がにじみ出ているような、気持ちがほっこりする本だった。

本を著したり、表に出られているALS患者の方は、
”闘う”患者さんが多いように思う。
他の患者さんの相談に乗ったり、介護者を育てたりすることを生きがいとして、
自らの療養生活、在宅介護のリーダーとして、自分を位置づけている。
”そういう活動を通して、生きる目的を見つけよ。生き抜け!”という印象を受ける。

勇気づけられつつも、そんなタフネスは私にはないかも…と同時に思ったりする。

西村さんは少し違う。
ご本人いわく、病気と”闘う”というより、病と共存する”共病”。

まったく先の見えないALSとの生活。
病気と闘うと、病気だけに目が向いてしまう。
そのうちに自分一人が離れ小島にいるかのような気がして、
まっ暗闇にのみこまれそうになる。

西村さんは、そんなALSに苦しむ日々を通して、
いつしか「失ったこと」から「足りていること」に目を向けられるようになった。
西村さんには、普通の人には見えないものが見えている。

お父さんのエピソードが素敵だった。
一家そろってのお正月に、西村さんのお父さんが急につぶやく。

「最近になって、見るものがみんな、ピカピカ輝いて見える。一日一日が当たり前じゃなくて・・・」
「ぼくが言いたいのは、これが隆の生きている世界じゃないかって、ふと思いついた。いい世界だ・・・。」

他の家族は戸惑い、「動けない隆の世界がわかるわけがない。」と、お父さんを戒める。
でも、西村さんは自分の豊かな世界を共感してもらえて感謝する。

お父さんの言葉は真実だ。

「この風景は、もう見られないかもしれない。」

そう思うだけで、すべてがキラキラしてくる。

冬の空は、空気が澄んでいるので、とてもきれいだ。
忙しい毎日を過ごしていたときは、
頭の上に、こんなに美しいまあるい月がぽっかり浮かんでいることに気づかなかった。
決して病気にかかった自分に酔っているのではなく、
1日の中で、時間がとてつもなくゆっくり流れている瞬間がある…とでも言えばいいだろうか。
目に映るものが輝いて見えて、とても豊かな気持ちになる瞬間。

「足りないもの」と闘うことも素晴らしい人生だけれど、
「足るを知る」こともまた、幸せへの近道なのかも。

病気になったことで、欲張りではなくなった。
でも、生きているだけでOKという心境には到底なれそうにもないので、
悟りというには、まだまだ畏れ多い。
煩悩の数がせいぜい2ケタになった程度かな。(笑)

2015/01/04

元旦の北海道新聞より。

1月1日の北海道新聞に掲載されていた、
山田太一さんと赤坂真理さんの新春対談が面白かった。

「うんうん、まさにまさに。」と、共感できる箇所が多くて、
本当は全文引用したいくらいだけれど、
最も印象に残った部分を・・・。

-------------------
山田: いま、何より「経済だ」って言うじゃないですか。

赤坂: あれはいやですね。
「景気回復」って、政策でもビジョンでもないじゃないですか。

山田: それに抵抗することができない。
結局のところ、給料減ったり、貧困が襲ってくると怖いから。
それは否定はできないけれど、その物語以外にも、他の物語があると思う。
たとえば、「福島の体験があったから、原発は全部やめよう。
それで経済的にはつらい時代があるかもしれないが、それに耐えてみんなでヒーローになろう」みたいな物語って、案外多くの日本人が共感するんじゃないか。

赤坂: 自分がその流れの一部であることを「誇り」に思える…。

山田: よその国に行っても「ああ、あなたの国は金もうけだけじゃないね」と言われる(笑)。
それでちょっと貧乏になったりするの、格好いいじゃないですか。
そういうセンスがもっと広がった方がいいと思う。
-------------------

私には、何十年先の日本は見られるか分からないけれど、
原発はやっぱり嫌だ。

日本はいままで過去は振り返らないできた。
ドイツのようにちゃんと過去から学ぶ国になるには、
間違っていたことを、間違っていたと認めることから始まるのだと思う。

有言実行の人。

マドンナの首飾り―橋本みさお、ALSという生き方」
山崎 摩耶・著/中央法規・刊)


ALS患者で、橋本操さんの名前を知らない人は、
おそらくいないと思う。

罹患してまだ日の浅い私ですら、
お会いしたことはなくても、知っている。
ネットで病気のことを検索すれば、ほぼ100%の確率で、
彼女の活動や発言の記録に行き当たるからだ。

「マドンナの首飾り」は、
そんなALS患者のパイオニアともいえる、
橋本操さんの発症から今に至るまでの活動の記録。

人口呼吸器推進派の橋本さんの発言は時に過激で、
呼吸器をつける覚悟を持てない私には、
なんとなくお会いするのは憚れたりする。

だってね、この人の前では言い訳はできないのです。

「家族がいないから介護は無理。」

橋本さんは、旦那と子供に介護をやらせるのは無理と、
一人暮らしで24時間介護を実践。
家族の存在はもちろん生きる希望となっていただろうけれど、
もしシングルでも同じようにしていたのでは?と勝手に想像する。

「人の世話になって生きるのは嫌だ。」

橋本さんは、人に面倒を見てもらうのが気にならないそうである。
私は、トイレに一人で行けないという状態を想像するだに恐ろしい。ちっちぇえな私。

「お金がないので生きられない。」

自分で介護ステーションを立ち上げ、自活されている。
ALS患者に人口呼吸器をつけることが無意味ではないと、
デンマークの学会で、海外の医療者に訴えるために、
自ら街頭募金をして、渡航費用を捻出したそうだ。

ショッピングが大好きで、とても気前がよい。
これも一般的な難病患者像とは違う。
そういえば、札幌での中島孝先生のセミナーでも、
橋本さんから、六花亭のチョコレートのお土産を全員分いただいたっけ。
(※橋本さんは、体調不良のためセミナーには欠席されたのですが。)

できるかどうか考える前に「やる!」と決めてしまう行動の人。
有言実行の見事な生きざま。
患者自身が船長になって、自らの療養生活の行き先を決めてゆく。

橋本さんがそのように生きているということが、
心の支えになる患者はたくさんいると思う。
たとえ呼吸器を選ばなかったとしても。

平穏死をめぐる考え方には、賛同できない部分もたくさんある。
それでもなお、読んでいてとても勇気が湧いてくる本だった。