(照川 貞喜・著/岩波書店・刊)
「泣いて暮らすのも一生 笑って暮らすのも一生」は、2003年に発刊された本。
照川さんは、身体は不自由でも、呼吸器をつけても、
工夫とやる気次第で、できることは無限にあるとおっしゃっている。
ALSになってからパソコンで始めた将棋で、五段を取得したり、
果敢に新しいことにチャレンジされていたようだ。
奥様との掛け合いもユーモアがあって楽しい。
こちらは、この本が発刊されてから6年後に放送されたNHKの番組。
クローズアップ現代(2009年)
照川さんは、病状が悪化して意志疎通ができなくなった時点が自分の死と考え、
9ページにも及ぶ、死を求める要望書をかかりつけの病院に提出したのだ。
「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精一杯生きる所存です。
私は人生を終わらせてもらえることは“栄光ある撤退”と確信しています」
この番組は、放送当時とても大きな話題となったようだ。
私はこの番組については全く知らなかったけれども、
照川さんの本を読んで、たまたま検索したらこの話題にたどりついた。
すごい違和感を感じたのは、
照川さんや番組に対して、患者関係者から強い批判があったことだ。
こんなに頑張って生きてきた人が、
自分の要望をここまできちんと主張しても呼吸器は外せない。
外せないどころか、「外したい」って言うことすら許されない空気。
確かに「死んだらそれまでよ。」ではある。
でも、人生を安らかに終えたいと思うのはそんなに悪なのだろうか?
別にバンバン呼吸器を外そうって話でもない。
照川さんほどに患者が意思を表明しても、
呼吸器を外すことが殺人とされてしまうのであれば、
やはり法整備は必要なのかもしれない。
この矛盾した関係が難しさをはらんでいる。
意思はあっても患者の身体が不自由な場合、
どこまでが自らとった行動と言えるのかが争点になる気がする。
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